花粉症の社員を沖縄へ!? 新しいリモートワークの可能性

あなたの会社は、リモートワークを導入していますか? 社員の子育てと仕事の両立、また遠隔地の人材活用などさまざまな理由から、オフィス以外の場で働ける仕組みの採用が進んでいます。今やその目的やカタチも多岐にわたります。

今回、その答えを探しに訪ねたのは、花粉症のスタッフが期間限定で沖縄暮らしする、というユニークなリモートワークを実践した株式会社シフトブレイン。加藤琢磨代表のお話からは、Web制作などデジタル・コミュニケーションの世界で国際的に活躍する会社ならではの、新しい働き方が見えてくる!

加藤 琢磨(かとう たくま) 株式会社シフトブレイン 代表取締役社長/プロデューサー。 1977年長野県生まれ。大学在学中に制作したWebサイトがSME主催のDEP賞を受賞。 その後フリーランス、個人事業を経て、2003年に株式会社シフトブレインを設立。 Panasonic、LEXUS、NewBalanceなどの画期的なWebコミュニケーションに携わる。 THE ONE SHOW、THE WEBBY AWARDS、FWA、AWWWARDSなどの国際賞受賞も多数。 http://www.shiftbrain.com/

 

目次

利便性だけじゃない「場所を変えて働く効果」

――いきなりで恐縮ですが、花粉症のスタッフさんが沖縄で仕事をしたというのは本当ですか?

加藤 本当です。僕らの会社の事業内容はWeb制作を中心に、企業やブランドのコミュニケーションを考えて企画やデザインを行っています。その開発部門を引っ張るスタッフが、すごい花粉症で。とても優秀なのですが、毎年2月の花粉の時期になるとパフォーマンスが1/5とか1/10に落ちてしまうんです。

――それは深刻ですね・・・。

加藤 なんとかしてあげたいと考えた結果、花粉のない場所に移動するのが最良の方法だと思いつきました。そこで、「東京の花粉が一番多い時期の2〜3週間だけ、避粉地で部屋を借りて仕事してみる?」と話してみたのがきっかけです。

国内で花粉のない場所は、北海道と沖縄ですが、2月の北海道は別の意味で過酷なので、沖縄になりました(笑)。ちょうど海外で発表する重要なインスタレーション(空間展示)の制作が佳境で、彼はPCとネットがあれば仕事はできるから、沖縄でこもって集中して作業してもらえたらと考えました。

「極度の花粉症持ちの凄腕エンジニアの方まだ若干席空いてますよ。この会社は花粉症にやさしい会社であります」
SHIFTBRAIN Facebook投稿よりコメント抜粋。

――オフィスでも自宅でもなく、いわばひとり旅のリモートワーク。

加藤 旅といっても、ひたすら仕事に精を出していました。多少は南の海の写真とかもメールで送られてくるかと期待しましたが、それも全くなく(笑)。目的が目的ですから、ひとりで行ったのも良かったのかもしれません。

――リモートワークというと、もともと遠隔地に住むスタッフや、子育て中の人たちを対象にしたものをまず連想しますが、シフトブレインの場合はそれだけではない姿勢を感じます。スタッフが拠点オフィス以外の場で働くことの効果を、どんなふうに考えていますか?

加藤 もともと僕自身、新幹線で移動中にやたら仕事がはかどるという経験があり、これってどういうことだろうと考えることがありました。この場合でいえば、使える時間が必然的に決まることや、新しい目的地に向かうワクワク感なども関係するのでしょうね。つまり、ときには積極的に場所を変えて働くことも、パフォーマンスを向上させる効果がある。そんな気づきから、スタッフが本社以外の場所で働くことを実験的に行うようになりました。

――沖縄の件のほかにも、そうした取り組みが?

加藤 はい。沖縄の件の前に、会社でロンドンに一軒家を借りて期間限定のサテライトオフィスとし、そこでスタッフが暮らしながら働くという試みをしました。数名ずつのチームが2週間ずつ交代で渡英して、共同生活しながら働いてみたんです。当初、海外での仕事をより広げようとしていたこともあり、「働き方の実験」という気持ちで敢行しました。

――思い切った「実験」ですね。

加藤 でも、得られたものも大きかったです。僕自身の大きな気づきは、滞在中に向こうの同業者たちの職場を訪ねて知った、彼らの働き方と、働く環境のことでした。彼らは、夕方までドドッと働いたら、サッと仕事を終えます。切り替えが明確で、メリハリをつけてすごい案件をバンバンこなしている。それを支える柔軟で効率的な開発スタイルも勉強になりましたが、加えて印象的だったのがオフィス環境でした。

仕事を終えると皆でビールを飲める屋上があったり、いつでもスピーディにスタンドアップ・ミーティングができる空間を用意していたり。これらは、働き方について価値観が変わる体験になりました。

一軒家を改装したシフトブレインのオフィス外観

 

いまさら聞けない(けど聞いてみた)リモートワークの長所と課題

――ここで、加藤さんがそうした実体験から得たリモートワークのメリットと、見落としがちな注意点を教えていただけますか。

加藤 まず当然ながら、リモートワークを実施するだけでパフォーマンスは上がるとは思いません。じつは僕は、「本来ならリアルに顔を突きあわせて働くのが最強」という考えなので(笑)、直に会って仕事ができることの強さや、皆が集うオフィスの存在は大事にしたい。その上で別の働き方を取り入れるなら、それが実験でも、本格導入でも、「目的」の設定が大切だと思います。

リモートワーク導入の目的は色々あると思いますが、ひとつ判断の指標となるのは、それによって生まれるスタッフの自由と責任のバランスが、健全なパフォーマンス向上につながるかどうかではないでしょうか。

――実際に導入した際、離れた場所のスタッフと協働するための、インフラ面はどうでしょう?

加藤 通信環境づくりが、思った以上に大事でした。テレカン(teleconference:テレビ・電話会議)はGoogle HangoutやSkypeなどでも気軽にできますが、PCに標準装備されたカメラやスピーカーだと品質的にちょっと辛いですね。音や映像の寸断や不明瞭さが、予想以上にコミュニケーションに影響するんです。これはカメラやマイクを色々試して揃えたり、細かい話はテキストチャットや事前のメールも併用したりすることで、改善していきました。

東京とロンドンはSkypeで常時接続。
シフトブレインtumblr/海外で見つけた、これからの働き方/ロンドン・サテライトオフィスでの「働き方の実験」ご報告

――働き方のルールなどでは、何か教訓を得られましたか?

加藤 働き方に多様さを導入するなら、同時に社内のルール全体を見直すことですかね。ロンドンにサテライトオフィスを置いた時期、これまでの流れで全社員出席の朝礼を週イチでやっていたのですが、日本が始業時間でも、ロンドンは夜明け前(苦笑)。モニタに映る彼らの朦朧とした顔を見て、反省しました。

 

新たな働き方の導入時は「仕事の評価基準」も見直しを

――リモートワークでは、労働量の管理や評価方法も課題ですよね。

加藤 確かにそうですね。僕らは3年ほど前から、工数管理に力を入れています。各案件の見積り額から担当メンバーの実働時間までをツールで集計し、数字で見えるようにすることを実験中です。

ただ、数字ってすごくパワーがあるので、「これだけ働いてこれだけ数字を上げました」ということのみ重視すると、数字では見えない創造性の部分が消えてしまって、拒否反応などマイナス作用があると思っています。どう生かすかはまだまだ模索中ですね。

自宅勤務を取り入れた知り合いの企業さんも、リモートワークや自宅勤務といった制度よりも、評価のための仕組み作りが一番大変だったと話していました。新しい働き方を取り入れる上で、大事なポイントなのは確かです。

――いろいろ考えると「リモートワークはじめました」の一言でいきなり色々な問題が解決する、というものではなさそうですね。

加藤 もともと、一緒に働く上での距離や問題などの「障害」を解決する策なので、当然ですよね。僕らはそうした課題も全て、実際にやってみることで得られるノウハウに変えられたらよいと思っています。実際、実験を繰り返すなかでノウハウがたまってきたことが、今につながっていると感じています。

例えば、時差も距離も大きい海外のクライアントとの仕事が少しずつですが増えるなかで、事前に実験できていたことが、よい準備になりました。その後、オランダのアムステルダムに支社を構え、スタッフが海外で活動する際には、特にこれらの経験は生きています。

 

社員のための「よい働きかた」こそ、会社のためになる

――シフトブレインのリモートワークには、効率化だけを目的にしない、攻めの姿勢を感じます。

加藤 もちろん、在宅勤務のようなスタンダードな取り入れ方も、社員のためになるならアリだと思っています。実際沖縄の件の後に、開発部門のメンバーを対象に試験的に毎週水曜日をリモートワークの日として、制度を取り入れたこともありました。うちには30代のスタッフが多いので、今後は子育てする人も増えるでしょうから、対象を増やしてく必要がありそうです。

――新幹線のお話で出た、ちょっとしたワクワク感も、新しい働き方を生かす際には大切でしょうか?

加藤 たしかに、新しい取り組みには、皆が何かワクワクできる要素もあった方がいいと思っています。そこから、押し付け的でない主体的な動きの生まれる可能性が大きいからです。シフトブレインは2018年に15周年を迎えるにあたり、「WORKS GOOD!」というスローガンを掲げました。これは、見た目だけでなく「機能するクリエイティブ」という意味に加え、「一人一人のためのワークスタイル」を考えようという意思表示でもあるんです。

そして15周年を機に「全社一斉16連休」に挑戦しました。取引先などのご理解あってこそできたのですが、そのための売上目標を共有し、個々のスタッフも目標も立てるなどしたのが、結果的に全体の意識向上につながったと思います。16連休は、それをどう過ごすか考えることを含めて皆のよい経験になったなら嬉しいですね。

――皆さんがいまの自分を知り、未来を考えるきっかけになりそうですね。

加藤 スタッフのモチベーションのために、会社ができることは何か?を常に考えるようにしています。綺麗事に聞こえるかもしれませんが、そうでもなくて。というのも、特に僕らのような業種では、実力のある人ほど、個人でも十分にやっていけると思っています。そちらを選べば、リモートワークとかもあまり関係ないですよね?

――たしかに。

加藤 そうした優秀な人材がせっかくこの会社に集まってくれるなら、会社側もそれに見合う存在価値を持つ必要がある。そして、それを考えるのは経営者の責任だと感じています。大きな仕事に関われるこというようなこと以外にも、居心地のよいオフィス環境や、働きやすい仕組みは重要だと思うんです。

例えば、最近は社員の副業を認める会社も増えていますが、一歩進んで、副業のマネジメント支援を希望する人はそれを受け付けるのもアリかもしれないですよね。社員にとっては面倒な税制処理などを任せられるし、会社側にもメリットのある形は、工夫次第で可能だと思います。

 

働き方が変われば、会社も変われる

――加藤さんがそうした考えに至ったきっかけはあるのですか?

加藤 じつは今から数年前の僕は、午前3時まで働いてタクシー帰宅、みたいな生活を送っていて、会社全体でも、労働時間についてはブラックと言われても仕方ない時期がありました。でも、さすがにこのままでは続かないなと、考えを切り替えたことで今に至ります。ちなみに今は、8割以上のスタッフが19時前には帰宅していて、忙しいスタッフでも、自分の趣味の時間の後、夜や朝にリモートしているスタッフもいます。僕自身、週3でテニスをするような、健康的な毎日に変わりました(笑)。それで仕事のアウトプットが下がると困るのですが、ありがたいことに業績も仕事の質も、ここまでよい状態できています。

――働き方の変化とともに、会社も大きく変わったのですね。

加藤 「よくそんなことにかけるお金があるね」って言われることもあります。でも、例えば沖縄でも期間限定リモートワークについて言えば、実力の1/10しか発揮できない社員を何日もそのまま働かせることで出る損失の方が大きいかもしれないという考え方もできます。ロンドンのサテライトオフィスの件にしても、企業としての今後の成長のための投資と考えれば、決して大きな額ではないんですよね。

あとはやっぱり、どうせやるなら皆で楽しめることをしよう、という気持ちが今は強くあります。大企業と違い、30名弱の規模だからできていることもありますが、この視点はずっと失わずに、皆で働き方をいろいろ考えていきたいです。突き詰めると
「よい働きかた」の先に、みんなの「いい人生」があればいい
、そう思っているんです。

 

このコンテンツは株式会社ロースターが制作し、ビズテラスマガジンに掲載していたものです。

 

企画:大崎安芸路(ロースター)/取材・文:内田伸一/写真:栗原大輔(ロースター)

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