2017年12月にスタートしたInstagramアカウント「古着女子」が開始5ヵ月で10万フォロワーを超えて話題となり、今では古着販売や自社のアパレル事業なども手掛ける企業yutori。その企業名の通り、1993年生まれの創業者・片石貴展はゆとり世代ど真ん中を生きてきた起業家です。
そんなゆとり世代を代表する片石が、憧れの先輩起業家たちに話を聞き、勉強させてもらうというありがたい連載。せーの代表の石川涼さんに続く2回目のゲストは「北欧、暮らしの道具店」を創業したクラシコム代表の青木耕平さん。20代のうちにアルバイトやサラリーマン生活を経験し、30代・3度目の起業で「北欧、暮らしの道具店」を生み出した青木さんとの学び多き対談を、前後編に分けてお届けします。彼の思想を深掘りした前編に続き、後編ではいよいよ「今起業するなら、何をするのか」を伺います。
▼前編はこちら
青木 耕平 株式会社クラシコム代表取締役
1972年生まれ、埼玉県出身。サラリーマン経験や複数の会社経営を経て、2006年に妹・佐藤友子さんとクラシコムを共同創業。2007年に北欧のビンテージアイテムを買い付けて販売する形で、ECサイト「北欧、暮らしの道具店」をスタートした。現在は“フィットする暮らし”をテーマに、洋服や飲食アイテム、雑貨など、あらゆる商品を扱うほか、オウンドメディアでのコンテンツ制作も行う。
片石 貴展(かたいし たかのり)株式会社yutori CEO
1993年、神奈川県出身。株式会社アカツキにて、新規事業部の立ち上げに従事。個人的にInstagramアカウント「古着女子」を立ち上げ、2018年4月に初期投資0円”インスタ起業”として株式会社yutoriを創業。その後、ECサイト「9090」やオリジナルブランド「dabbot.」など事業を広げ、2018年12月には下北沢にコミュニティスペース「pool」をオープン。
僕の一番の作品は「美しい決算書」
片石 これまで青木さんの思想を聞いてきましたが、青木さんは時間に対する解釈が特殊なのかもしれない。
青木 他人から見たら時間軸が長いと思われるかもしれないけれど、僕は自分とか世界に期待していないだけなんですよね。起業家で投資家で、なんでもできる人っていますけど、僕には無理だなあと。僕は全然賢くないから、普通より時間がかかる。だったら、時間をかけようと思うわけで、そうなるとほかの可能性を捨てるしかない。それでも、僕は自分に期待していないから「よかった。できることが一つあった」という感覚ですよね。
会社がダメになるときにも僕はあがきたくなくて、全く違う形になってまで生き残りたいとも思わないし、何なら“死ぬために”経営している。僕がそう思えば、ちゃんとみんなに退職金を払って、今日この瞬間に会社を畳むことだってできるんです。そんな終活の準備ができているからこそ、変なことも思いっきりできる。
あと、今はかっこいいことをやるのが簡単になっていますよね。音楽もサクッと作って、すぐにたくさんの人に聞いてもらえちゃう時代。でも簡単なことは美しくないので、今は売れるところまで考えなければならない。収益まで含めての作品じゃないと、なかなか評価されない。
ちなみに僕の専門分野は会計なので、一番の作品は決算書なんです。自分の中で一番いけてると思う決算書のイメージに向かって日々試行錯誤している。かっこいい決算書を作りたいんですよね。
経営において重要なのは“器”を見極めること
片石 僕らの世代は生まれたときから世界がつながっていて、その分、フォロワーのように定量化されうるものがたくさんあって、他人と比較してしまう。一方で自分は自分だと思う気持ちもあって、そのバランスに悩む人も多いと思うんです。
青木 そこは、あんまり世代は関係ないのかなと思っていて。僕らの時代も世界とつながっていたんだけど、今みたいに多重世界があることでいろんな価値観でフックアップされるということはなかった。そういう意味では世界はよくなっているんじゃないのかなと。でも、そのぶん自分に期待する人が増えているのは辛いですよね。昔は道があんまりなかったから、すぐに諦めて普通に生きていければいいやと思えたことも、今やいきなりスターになれたりするから、みんなに成功の可能性があるじゃないですか。だから、自分が期待される度合いが増えて、それが苦しさを生むということはあるなあ。
ただ、僕も事業をやっていて、色々と受け入れる中で期待される方へ行ってしまう可能性はあったし、意図的にかなり避けてきたところでもある。経営について一つ言えるのは、器を見極めることが大事だということです。僕がおちょこで片石くんがビールジョッキだとしたら、こいつ若いのに器でかいなと思って、僕も器の大きい男になりたいと思っちゃう。そうなると、おちょこにビールをたくさん注いじゃうわけですよ。でも、それだと意味がないから、ちゃんと僕は熱燗を入れることだけを極めなければいけない。
起業する唯一の良さは、参加するゲームは自分で決められることなんです。自分がビールジョッキなら、最初から熱燗を入れるような勝負には参加しないという権利があります。これが会社員だとそうはいかない。うまく経営している人の特長があるとすれば、参加するゲームを選んでいることだと思います。道は極めるものだけど、器は磨くものじゃないですか。器は壊してしまうとセンスが悪くなってしまうから、絶対に壊さないで生かすというか、磨くというか。たまにビール注がれてみたいなと思うこともありますけどね、自分には無理だなあって思うし、すっと引くようにしています。
片石 なるほど。自分がフィットする今の場所はどうやって見つけたんですか?
青木 これまでいくつかの会社をやっていて、クラシコムも最初は別の事業をするために立ち上げたんだけど、うまくいかなくて。ようやく、僕はゴールを決めてやっていくのが苦手な子なんだと気付いた。設計に沿って進めていく“エンジニアリング”ではなくて、今あるもので何ができるのかという“ブリコラージュ(寄せ集め)”的な考え方の方が合っているのではないかと。
例えば、「クックパット」でレシピを見て料理を作るのはエンジニアリング。急に友達が来るから冷蔵庫にあるもので料理を作るというのがブリコラージュです。西洋建築は緻密に設計されたエンジニアリングだけど、日本の武家屋敷って“棟梁の塩梅”で増築しまくるじゃないですか。僕もそういう方が得意で。
じゃあ、そのために何が必要かといえば、素材を集めておくことなんです。いろんなことを軽くやっておくことが僕にとっては素材集めなんですが、いろいろ試している中にヒットするものがある。僕は日常にあるインプットに気付く敏感さだけは持っていると思っていて。何かをしてみて、インプットがあって、そのフィードバックをきゃっきゃ言いながら楽しむ。
楽しめなくなったらやめちゃうんです。今の会社も武家屋敷みたいもので、当初の北欧のアイテムだけじゃなくて、寄せ集めて洋服も食品も売っている。これを僕は「ニッチの花束」と呼んでいるんですが、リボンという価値観でくくることで、ニッチなものも束ねられるんです。
素材を集めるといっても、僕は出不精なので、本当は家にいたい人なんです。でも、それじゃまずいと思って、3年くらい前から無理やり旅に行くようにしています。誰か友達を巻き込んで、去年も4カ国行きましたが、旅はとにかく不愉快なんですよ(笑)。本当に不便だし、でも、それが僕にとっては素材なので。旅は期間限定の不愉快さがあるので、一緒にいく人とはすごく仲良くなるんですよ。僕が人と仲良くなるポイントって、自分が相手を好きになることだから、そういう状況をわざと作るようにしています。
すぐに上手くいくことをやった方がいい
片石 最後に、今回のテーマについてお聞きしたく。今起業するなら、ズバリ青木さんは何をやりますか。
青木 クラシコムがまだ売れない時代、古本をネットで売る“せどり業”みたいなもので一家を養っていた時期があるんですが(笑)、3ヵ月くらいしたら月60万くらい売れちゃって。人生で一番楽しい時期だったんですけど、だから、すぐに上手くいくことをやった方がいいなと思うんですよ。上手くいったらパワーが湧くじゃないですか。こっちは本拾って売っているだけで楽しいのに、だんだん出荷が増えてきてオペレーションが必要になるからフリーロケーションの仕組みを入れてみたり、キャッシュフローもカードに切り替えたり、楽しく試行錯誤できたんです。
今感じるのは、すごくでかい話をしないといけないから、みんな辛いのかなって。もっとすぐいい結果が出ることにテーマを分解した方が絶対にいい。新規事業にはスリーステップあると思っていて、まず現場が乗る、そして提供先の期待値を超える、最後に収支が合う。なので、きゃっきゃ言ってやれる現場をどう作るのかが一番大切です。楽しそうにやらないと来るものも来ないし、そもそも、楽しさって偽れないじゃん。
片石 これまでつらいと思う時期はなかったんですか?
青木 ずっとつらいですよ。なぜかというと、それは人間の構造上仕方なくて、つらいことに慣れないんですよ。快感はすぐに慣れちゃって意識できなくなるけど、いろんな厄介ごとやトラブルが起こることは避けられないので、自分の意識としてはつらいことばかりだよなと思いがちですよね。でも、一歩引いてみると、つらいと言えること自体は素晴らしいことだなあと。こうやって若い人に話を聞いていただくこともすごく嬉しいし、事業がうまくいくことも当たり前じゃない。意識的に嬉しいことに気付かなきゃいけないんです。
片石 でも、青木さんは無理をしていないですよね。
青木 やっぱり、ダサいじゃないですか。落ちていく人を見てダサいと思うことはない。でも、無理してるのってダサいじゃないですか。僕らもこの先どこまでもうまくいきそうとは思っていないので、そのときにいけている感を出していくのは嫌で。つらいときにはつらいと言って、これからもできることだけやろうと思っています。
インタビューを終えて
片石 いま巷で「ブランド」とか「世界観」みたいな言葉をよく見かけます。それらは、全くキラキラしたものでもないし、ロジカルなものでもない。僕はその根源は怒りや、葛藤、反骨心。もはや呪いや怨念に近いドロドロしたものから生まれると思っています。合理を拒み、安易な共感を捨て、哲学を貫く。それがブランドなんじゃないかなと。普段、笑顔が素敵な青木さんの心の底を少し覗き込めた気がして、とても勇気が湧く話でした。
このコンテンツは株式会社ロースターが制作し、ビズテラスマガジンに掲載していたものです。
企画・取材:大崎安芸路(ロースター)大崎安芸路(ロースター)/文:角田貴広/写真:栗原大輔(ロースター)