「ビジネスの卵」=アイデアが生まれる瞬間とは? なぜその事業を選択し、事業を軌道に乗せるまでのハードルやリスクヘッジにはどんなものがあったのか? 注目の起業家たちの体験談には、明日のビジネスを照らすヒントがあるはずです。
そこで今回は、グルメコミュニティアプリ「SARAH」の仕掛け人、株式会社SARAHの高橋洋太代表取締役を訪ねました。「SARAH」はお店単位ではなく、一皿=メニュー単位でのグルメ投稿や検索ができるサービス。リリース後、3年半ほどで投稿数は42万件を超えるまでに成長し、2019年2月4日にはそうして培われたデータを各種食品産業に提供する新機軸も始動。そんなSARAH誕生の経緯から、成長までのストーリーを伺いました。
高橋洋太(たかはしようた) 株式会社SARAH代表取締役。1984年生まれ。2004年、大学在学中に「学生起業家選手権」にて優勝、賞金を得てDaDaStock株式会社を設立。2009年に株式会社エニグモに入社し、海外ファッション通販Webサイト「BUYMA」(バイマ)事業などを担当。2012年には同社の東証マザーズ上場を経験。2013年より母校の法政大学でアントレプレナーシップ論のアソシエイト講師を3年間担当。2014年に株式会社SARAHを設立、代表取締役就任。
始まりは一皿のポテトサラダ
IT系サービスの中でも激戦区と言える、グルメサービス界。そこでいま注目されるのが、外食グルメコミュニティアプリ「SARAH」です。従来のサービスが「お店」や「料理ジャンル」中心だったのに対して「食べたい一皿」、つまり個々のメニューから口コミ、評判を共有できるのが大きな特長です。
そんな「SARAH」のアイデアが生まれた瞬間とは? 同サービスの仕掛け人、株式会社SARAHの高橋洋太代表に聞きました。
高橋 発端はすごく素朴で、ある日、渋谷にいるときにふと「美味しいポテトサラダが食べたいな」と思ったことです。さっそくスマホで検索してみたものの、メニュー指定でサクッと近くの美味しいお店を探せるWebサイトが意外にもなかったんですね。見つからなかったので、知り合いに聞いたところ「横浜の方にあるよ」と言われ、本当は渋谷で見つけたかったのですが、もう思い切って行って解決してしまいました(笑)。
もちろん、もっと近くで見つかるのに越したことはない。そう考えると、多くの人が外食グルメサービスを日々活用する現在でも、完全に満足しているわけではないのだろうなと。ここに未開拓なニーズがあると思ったんです。実際に後で調べてみると、Googleなどの検索統計でも、メニューを指定しての検索は、料理ジャンルを指定しての検索と肩を並べるほどの多さでした。
これがアイデアの卵となり、高橋さんは「SARAH」の実現に乗り出すことになります。
高橋 まず機能面では、「SARAH」で投稿・閲覧できる情報はユーザによるメニュー単位のレビューです。検索ではメニュー名に加えて、地域や価格帯なども指定できます。SARAHをつくるにあたって、友人たちにSNSを通じて「今日、何が食べたい?」などのアンケートを取り、意見を反映する動きも積極的に進めてきました。検索する際のニーズを探すことも注力した部分です。
街角でふと食べたくなったメニューのおすすめ店も、そこから生まれた発想に肉付けしていくためにも、SNSでスピーディに友人の生の声を求める。高橋さんのそうした感覚は、「SARAH」そのものにも反映されているのかもしれません。
2015年、「SARAH」は、「どこよりも、食べたいものにたどり着けるサービス」をビジョンに掲げてローンチしました。
「おいしい一皿」が集まるコミュニティを丁寧に育てる
では、そのビジョンを実現するため、高橋さんたちはアイデアの卵をどのように育てていったのでしょう。 最も苦労したのが、やはり多くのユーザがそこに集い、サービスが活性化する環境を育てること。「SARAH」が差別化できているとはいえ、どのように利用者を増やしていったのでしょうか。
高橋 まずは投稿数が一定量あることが最重要の課題でしたが、対価を払って投稿者を得るなどの施策を実施してしまうと、ユーザの皆さんに信頼されるサービスは築けません。そこで最初は、エリアを当時弊社のあった街に限定して充実させ、徐々にコミュニティを拡大していくことを考えました。でもこれはあまり上手くいかなかった。そこで次に、SNSやブログで外食グルメの良質な情報や写真を発信している方々に注目しました。皆さんにSARAHの良さを紹介し、投稿も含めてぜひ活用してほしいとお願いすることをはじめました。
ここで高橋さんたちがユニークなのは、ただ利用をお願いするだけでなく、こうした利用者たちとダイレクトな交流をはじめたことでした。
高橋 そのうち、SARAHのチームで「今度そちらに遊びに行きます」ということになって、全国各地のユーザの皆さんを訪ねて実際に当地のおすすめメニューを囲むような交流が始まりました。アプリへの要望など貴重な意見をもらえる機会にもなり、さらに食べ歩き仲間を紹介してくださるなど、メンバーがユーザさんと丁寧にSARAHのコミュニティを育てていくためのきっかけになったと思います。今も我が社の忘年会では毎年、全国のユーザの皆さんを訪ねる形で開かれています。
新たな転機——集まった「声」を外食産業に生かす
2019年2月、SARAH社の新たな挑戦を知らせる報道が業界で話題になりました。
SARAH、外食ビッグデータ分析サービス開始(日本経済新聞Webサイト、2月7日)
外食グルメアプリを運営するSARAH(サラ、東京・台東)は、企業向けの外食ビッグデータ分析サービスの提供をはじめた。三井物産などを引受先とする約2億5000万円の第三者割当増資も実施。調達資金を新サービスの開発や既存サービスの販売促進などに使い、事業展開を加速する。
外食ビッグデータを分析する新サービス「Food Data Bank」では、同社のアプリ「SARAH」に累積された約42万件以上のグルメレビューを解析し、流行しているメニューの傾向などを食品関連企業に販売する。(記事より一部抜粋)
高橋 これはある日、外食のトレンドをリサーチしている企業の方からから1通のメールを頂いたことから始まりました。僕らが「メニュー単位」というのにこだわってSARAHで培ってきたデータは、外食産業に絶対活かせるはずだ、というご提案を頂いたのです。もちろん第三者にお渡しできない個人情報などは除いたものですが、その上で確かに、こうした生の声が集まるところには、別の視点からもニーズがあり得るのだなと気づかされました。
例えば、前年に比べて投稿数が大きく伸びているメニューがあれば、それは流行の兆しととらえることができるそうです。具体例を挙げると、しばらく前には「パフェ」の投稿が大きく伸びたとか。これは飲み会などの“締め”メニューにパフェを楽しむ「シメパフェ」の人気を反映したもので、札幌発祥と言われるこの動きは、その後全国的に広がりつつあります。最近だと「スリランカカレー」も注目株。こうした数字は、外食産業や食品会社、またコンビニ業社の商品開発などに活かせるはずだと高橋さんは言います。
高橋 特定メニューの投稿数だけでなく、レビュー内容にも価値があります。例えば「鳥の唐揚げ」のレビューでは「大きい」「でっかい」などのキーワードが入っていると評価が高い傾向が見られます。つまり「たくさんある」などより「大きい」ことが魅力につながりやすいと推定できる。これも商品開発の指標になり得る情報です。僕らの「Food Data Bank」では契約企業に定期的な投稿数データなどを提供するほか、こうした分析データも要望に応じて用意します。
資金と収益−−「頭から血が出るほど考えなさい」と言われて
順風満帆にみえる「SARAH」ですが、起業を考えている読者の皆さんにとっては、その活動資金と収益モデルもが気になるところかと思います。その質問もぶつけてみました。
高橋 まずは起業準備と資金調達のために資料をつくり、これまでのつながりを起点にエンジェル投資家を訪ねて回りました。そこで頂いた意見の多くは「たしかにニーズはある。でもマネタイズ案をもっと具体的に」というもの。ある方からは「収益構造は、頭から血が出るほど考えなさい」と言われました(苦笑)。当初のマネタイズ案はWebサイトへの広告掲載料と、将来的にユーザにとってより便利な機能提供などもふまえたサブスクリプションモデル。基本的に、収益構造については特に飛躍的な考え方はしておらず、今も基本的には変わっていません。最終的には、事業の将来性を「信じてもらえる」関係をつくれた方々を通じて資金調達することができました。
資金調達は、エンジェル投資家たちを募ってのラウンドから、より規模の大きなものになるとベンチャーキャピタルなどによる調達へと発展することもありますが、高橋さんたちは、前述の報道にある通り、「Food Data Bank」事業のスタートを機に三井物産などを引受先とする約2億5000万円の第三者割当増資となりました。
高橋 グルメサービスは収益化に時間がかかります。誕生から5年、おかげさまでコミュニティは育ってきて、「SARAH」はここからが本当の勝負です。今後はデータサービス提供で生まれた安定収益も活かしつつ、広告やサブスクリプションなどの当初のマネタイズもいかに推進できるかもカギだと考えています。
また、設立当初に構想していたものの一つにAI(人工知能)的要素のあるパーソナライズ機能があります。味の好みは人それぞれなのに、全員に同じおすすめ店やメニューのランキングを見せるだけでいいのかという思いが、この機能の出発点です。投稿数がこれだけの規模に達したいま、あらためてこうした機能の推進も考えていけたらと思っています。
明日の起業家たちへ贈ることば
最後に、現在ベンチャー起業家としてフロントラインを走る高橋さんに、これからの起業を構想中、またはまさにそのさなかにいる人々にメッセージをお願いしました。
高橋 もし僕から何かお伝えできるとしたら「最初から壮大なビジョンや100%の自信がなくても大丈夫」ということですかね。サービスとしての「SARAH」は、僕の小さな実体験で生まれたアイデアが、メンバーの努力やユーザさんたちからの評価とともに成長してきました。同じように会社としての「SARAH」も、起業家としての僕も、出資者や取引先の方々とのつながりで成長させてもらえたと強く感じます。その時々でビジョンも発展し、自信も培われてきました。
例えば先日、大手外食産業の幹部の方々を前に「SARAH」と「Food Data Bank」についてプレゼンテーションさせていただ機会がありました。レストラン全体ではなく、メニュー単位とはいえ、レビューというユーザによる「点数付け」を集めているのが「SARAH」なので、お店を経営する方々からは嫌われているのかな、とやや心配もありましたが(笑)、プレゼンテーション後は意外にも「ニーズをとらえることで美味しいものが増えるのは、この業界はもちろん、世界全体が良くなることでもある」と大きな視点から励まされました。そんなふうに視野が広がったのは、このときだけではありません。特にベンチャーは、手がけるサービスとともに人もステップアップしていくもの、というのが自分の実感です。
このコンテンツは株式会社ロースターが制作し、ビズテラスマガジンに掲載していたものです。
企画:大崎安芸路(ロースター)/文:内田伸一/写真:栗原大輔(ロースター)