“消滅可能性都市”から奇跡の躍進 ~逆境を力に変える経営術~
自治体の長でありながら、極めて高い「経営者感覚」を持つ人がいます。豊島区長・高野之夫氏と、渋谷区長・長谷部健氏です。
高野区長は、新庁舎を「実質0円」で建てたり、2年連続で待機児童ゼロを達成するなど、あっと驚く実績を残しています。長谷部区長は、元博報堂の広告プロデューサーという異色の経歴を持ち、人の心を動かす仕組みと打ち出しで、多くの民間企業や区民の力を引き出しています。
そんなスーパー区長ふたりによる夢の対談が実現しました。この前編では、消滅可能性都市に指定されてしまったのを機に、改革のアクセルを大きく踏み込んだ豊島区の事例をベースに、「逆境を力に変える経営術」を紹介します。
慣習にとらわれることのない施策。それを実現させる決断力と対話力。そこには、会社経営やビジネスの世界で“突き抜ける”ための確かなヒントがありました。
高野 之夫(たかのゆきお)
1937年生まれ、豊島区出身。60年立教大学卒業。古書店を24年間営んだ後、83年に豊島区議会議員に。その後東京都議会議員を経て、99年に豊島区長就任。以降、5期20年に渡って区長を務め現在に至る。2015年に全国初となる分譲マンション一体型の付き庁舎に移転。18年に「2年連続待機児童ゼロ」「40年ぶりに人口29万人突破」を達成。また国際アート・カルチャー都市構想を掲げ、豊島区は「東アジア文化都市 2019」に選ばれている。
長谷部 健(はせべけん)
1972年生まれ。渋谷区出身。専修大学卒業後、博報堂に入社。同社を退社後、2003年に清掃活動などを行うNPO法人グリーンバードを設立。同年渋谷区議会議員に当選。以降3期12年に渡って議員を務め、宮下公園リニューアルや表参道イルミネーションの復活などに関わる。15年渋谷区長に就任。区の基本構想を20年ぶりに改定し、多様化や国際化を積極的に進める。産官学民連携組織「一般社団法人 渋谷未来デザイン」の設立でも注目を集める。
街の成り立ちが似ている、池袋と渋谷
――まずはおふたりが区政に携わることになった経緯を教えてください。
長谷部 私は博報堂で広告プロデューサーとして働いていたときに、地元・表参道の人たちから「区議会議員をやらないか」と誘っていただいたのが政治家になったきっかけです。当初は非常に悩みましたが、地元の方の話を機に「政治も“ソーシャルプロデュース”なんだから、同じプロデュース業じゃないか。それならとても面白そうだ」と考えるようになり、挑戦することに決めました。その考え方をベースに、今まで走り続けてきた形です。
高野 私はもともと親の代から引き継いだ小さな古本屋を24年間やっていて、そろそろ古本のメッカ・神田に進出しようかという頃に、私も地元の人たちに「政治をやってくれ」と担がれた形です。何しろ当時池袋は戦後のヤミ市の名残りが強く、「怖い、暗い、汚い」の3Kと言われ、非常にイメージが悪かったんです。それをなんとか変えてくれと。そうして区議になったのが45歳のことなので、今の長谷部さんとほぼ同じ年からのスタートでした。
長谷部 実は僕、区議のときからずっと豊島区と池袋を勝手に研究しているんです。まず池袋と渋谷では、街の成り立ちが似ていますよね。戦後のヤミ市から発展した街で、私鉄とJRが交差するハブ駅でもある。そしてその沿線にベッドタウンが広がっているという。また渋谷区も豊島区も、教育施設がたくさん集まる文教地区という点や、山の手エリアとダウンタウンエリアの両方が共存している点でも共通しています。
高野 そうですね。
長谷部 そんな中で高野区長は新しいことをどんどんやられていて。庁舎の建て替えも、民間の分譲マンションを併設するなどして区の財政負担を実質ゼロで行ったり、駅前に劇場をはじめエンタテインメント施設を集中させようとしていたり、まさに僕が始めようと思うことを先にやられている感じなんです(笑) トイレの整備もやられていますよね。
高野 はい、区内133か所の公園・公衆トイレのうち改修が必要な85か所を、2017年から3年計画で全面改修しています。
“危機感”を味方にして大改革を進めた
長谷部 渋谷区もトイレの整備を始めているんですが、始めようという時に「あ、豊島区に先にやられている・・・」と(笑)。それと生意気な言い方になってしまいますが、池袋などを見ていると、アートをはじめいろいろなところに色気があるというか、センスがよいなあと思わされます。改革に関しては特にここ10年くらいでアクセルを強く踏まれている感じがしますが、それはやはり「消滅可能性都市(※1)」の一件があるのでしょうか?
(※1)豊島区は2014年、「20~39歳の女性の数が40年間で5割以下に減ると予測される」などの基準により、日本創生会議が打ち出す「消滅可能性都市」に23区で唯一指定されてしまった。
高野 いやあ、それはもうめちゃくちゃありますね。ようやく人口が増えてきて、若い人にも人気が出てきて、いい街になりかけている矢先でしたから、あの衝撃は絶対に忘れられません。「ええ、なんで!?」と頭が真っ白になりました。
長谷部 我々にも衝撃的でした。「まさか、池袋が!?」と。
高野 でも結果的に、あれが大転換の大きなきっかけになりましたね。やはり消滅可能性都市に指定されるというのは職員にとっても、区民にとっても大変なショックでしたから、逆に“危機感を利用する”ではないですが、大改革を進めるチャンスではないかと頭を切り替えました。実際に、そこから取り組んださまざまな施策が、街を大きく変えることになりました。あれがなければもっと淡々とまちづくりが進んでいたかもしれないので、むしろ感謝しなくては、と思っています。
――そこから区一体となって改革を進められたんですね。
高野 そうですね。まずは区民の意識を高めるため、一緒になって考えようと思いました。とりわけ女性がいなくなると言うんだったら、女性を中心に考えてみようと。それで若い女性や子育て世代の女性による「F1会議」や「としま100人女子会」などを立ち上げ、挙がった声を次々と施策に反映していきました。おかげさまで今や豊島区は、女性や子育て世代が住みやすい街とまで言われるようになりました。
長谷部 すばらしいです。
セオリーを超えた決断が大きな改革を生む
高野 それと豊島区は、人口の1割強が外国人であったりして、多様な人たちが暮らします。また近年池袋は、マンガやアニメなどのカルチャーの拠点ともなっています。ただこれまでは文化事業に対しては、どうしても“贅沢だ”“金食い虫だ”と反発がありました。そこで改革が求められている今こそ、こうした豊島区の「財産」を前面に生かすべきだと考えたんです。そこであらためて「国際アート・カルチャー都市構想」を掲げ、文化事業を積極的に進めました。その甲斐あって豊島区は「東アジア文化都市 2019」に選ばれました。
長谷部 本当にいろいろ実行されています。私が区長になって思ったのは、決断力がすごく求められるということです。渋谷区もさまざまな新しいことにチャレンジしていますが、やっぱり後ろ向きになってしまいそうなときもあるんですよね。「本当にやってしまっていいのだろうか」と。だから豊島区がいち早く決断されて動いているのを見る度に、とても勇気をもらっています。体育館の冷房の件もそうでした。豊島区は、全区立小中学校の体育館に冷暖房を一斉導入すると、早々に発表されましたよね。
高野 そうですね。
長谷部 実は、僕はちょっと迷っていたんです。決してお金が出せないわけではないけど、補助金でどこまでまかなえるのか、情報を収集できていなかったので。具体的には、導入には工事費も含め1校につき3000万円ほどかかり、小中学校あわせて30校近くあるので、それだけですごい金額になります。でも補助金を待てば、区の負担はその1/3ほどで済むかもしれない。ただ、あまり待っていると、次の夏前に整備できなくなる…。
高野 確かに区政というものは、あらゆる情報を精査し、補助金もきちんと計算した上で決断すべきなのかもしれません。でも私は逆に、これだけいま現場で暑さ対策が叫ばれているのだから、補助金のいかんに関わらず、とにかくすぐやるべきだと考えました。たとえ補助金を利用できなくても、区民から賛同を得られるのであればいいんじゃないかと。もちろん、それにより批判を受けるのであれば、甘んじて受け入れるつもりです。自分の政策判断は間違いでしたと。
長谷部 新米区長の自分からすると、そうした決断力、腹のくくり方は感じ入るところがあります。ほかにもこんなふうに「すごいなー!」と思わされることが豊島区にはたくさんあるんです。
反対意見があることは、挑戦していることの証
――豊島区といえば、2016〜17年度と2年連続で「待機児童ゼロ」を達成したのも大きなインパクトでした。
高野 これも消滅可能性都市が契機となっています。女性や子供を減らさないために、なんとしても待機児童ゼロを実現しようと。それで園庭がなくてもいい、株式会社の参入もOKとして、最優先課題として集中的に保育園の数を増やしたんです。だから民間のマンションの一角にも、税務署の1階にも、そしてこの庁舎の2階にも保育園が入っています。7割以上に園庭がありませんが、幸い豊島区には小規模公園が多くありますので、それを整備・活用する取り組みも連動して行っています。
豊島都税事務所のスペースを活用して保育園をオープン
――両区のように新しいことを進めるには、反発も少なくないと思います。どのように調整や説得をされていますか?
長谷部 僕は難しい局面こそシンプルに考え、メリットをきちんと丁寧に説明するというのを愚直にやっています。その点、僕は無所属で区議会議員を長くやっていたので、議会には個人的に話せる関係性がたくさんあり、自分にとってやりやすい環境と言えますね。また説明をする際は、例えば豊島区ではこんなふうにやっていますよと、できるだけ実例を示して納得感を感じてもらえるよう心がけています。
高野 おっしゃる通り、反対にあったときこそ、いかに説明するかが重要になると思います。実はこの庁舎を建てる時も「庁舎があるビルの上階に分譲マンションを設けるなんて、常識外れ過ぎるし、できるはずがない」と猛反対にあいました。それで何度も何度も説明会を開き、最終的には100回を越える説明会を行いました。
長谷部 100回も! それでもやはり反対意見が?
高野 ありましたね。だから最後は「新庁舎を建てるには、本当にこの方法しかありません。だからどうかこれでやらせてください」とお願いする形で締めくくりました。やっぱり100%賛成じゃないとやらないと言うのでは何もできないし、逆に反対されるのは新しいことに挑戦しようとしている証ともいえますよね。だから反対がある中で丁寧に根気強く説明しながら推し進めていくことには、大切な意味があると思います。
長谷部 本当にそうですよね。やっぱり中にはどうしても説得しきれない人も出てくるので、そこに対してきちんと説明し続けるというスタンスが大切だと思います。
【後編予告】周囲を巻き込んで力に変えていくための「ブランディング術」や「言葉の力」
結果にこだわるからこそ、時には常識や慣習を捨て去り、難しい決断もいとわず、周囲には丁寧に説明していく。まさにビジネスの世界にも共通する、際立った成果を出すための肝のようなものが浮き彫りになりました。
後編では、秀逸なキャッチフレーズを携えて進められる渋谷区の施策をベースに、周囲を巻き込んで力に変えていくための「ブランディング術」や「言葉の力」に焦点を当てます。さらには希望に満ちた未来構想も語っていただきました。
▼後編はこちら
このコンテンツは株式会社ロースターが制作し、ビズテラスマガジンに掲載していたものです。
企画・取材:大崎安芸路(ロースター)/文:田嶋章博/写真:norico