【教えて顧問弁護士さん vol.1】降ってわいた社員の警察沙汰…どうすればよいのでしょうか。

入社3か月の社員にガンが発覚。社員が通勤途中に傷害事件で逮捕。経理が会社のお金を着服。プレゼンテーション担当者が全資料を持って行方不明——。こんなとき、あなたが経営者だったらどうしますか?ウソのようなホントの話が、実際に会社を経営していると起こります。

そんなとき慌てず正しい対応を取るための具体的なステップや、トラブル予防のために知っておきたい対策とは。弁護士法人AT法律事務所の川見唯史弁護士にレクチャーしていただきました。

川見 唯史(かわみ ただし)弁護士法人AT法律事務所代表弁護士。早稲田大学法学部卒業後、物流企業の営業部、メーカ人事部などでの勤務を経て立教大学法科大学院修了。平成26年弁護士登録。民事全般および刑事も取り扱う。関係者全員が納得できる円満な未来を模索する弁護士活動を信条とする。
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【今回のストーリー】

ある日突然、「御社の社員が通勤途中に電車内で盗撮をして逮捕された」と警察から連絡を受けました。会社としてはどのように対処すればよいのでしょうか!?(Aさん/中堅ITベンチャー企業幹部)

◆ここがポイント
Step1|業務を滞らせないように必要な手を打つ
Step2|逮捕されている当該社員への事実確認をする
Step3|周囲への説明は、本人の希望と社会的影響を考慮する
Step4|当該社員に対する処分の要否およびその程度を決定する

 

目次

Step1|業務を滞らせないように必要な手を打つ

事例:社員が逮捕された

Aさんは創業5期目、東京拠点のITベンチャー幹部。彼を含む創業メンバーが若手を引っ張るかたちで、会社は堅調です。ある朝、直属部下のひとりが出社せず、最初は「忘年会シーズンで飲みすぎたか?」くらいに思ったAさんですが、夜になっても連絡が取れず、自宅を訪ねても人の気配がありません。そのまま夜が明け、実家への連絡を考え始めた矢先、Aさんの携帯に見知らぬ番号から着信が。「こちら○○警察署です。御社の社員が今朝、電車内での盗撮容疑で逮捕されています」と、予期しない事態を告げられました。「まさかアイツが……」どうすればいい?

川見 これは確かに慌てて当然の事態ですね。一般的に考えると、逮捕された本人が「職場には知られることなく何とかしたい」と考えて、警察からご家族に連絡がいくことが多いです。しかし、例えば親元を離れた一人暮らしなどの場合や、逮捕容疑の性質によっては本人が「家族には知られることなく何とかしたい」と考えることもあります。このような場合には、本件のように、本人が警察に対して職場の上司へ連絡するよう求めることもあります。

基本的に、自社で雇用する社員とはいえ、勤務時間外の行いで逮捕された場合は個人の問題いわば自己責任なのですが、会社として対応すべきことはもちろん発生します。

まずは落ち着いて、当該社員に任せている業務を確認し、不在によって生じる具体的な支障を把握しましょう。緊急度や優先度の高い案件に支障が生じる場合には、社内業務の役割分担などを再構築する必要も出てきます。

第一報に接した段階では、当該社員が短期的に不在となるにとどまるのか、中長期的に不在となるのか明らかではありません。そのため、業務を滞らせないように必要な手を打つためには、確度の高い情報収集をすることが求められます。とはいえ、この時点における状況は、社員が急な病欠や退職で離脱してしまった場合と類似していますので、殊更に焦る必要はありません。

警察沙汰になったという一事をもって慌てることなく、「経営者として想定しておくべきリスク対応を進めればよいのだ」とドッシリ構えることができるとよいですね。

 

Step2|逮捕されている当該社員への事実確認をする

川見 円滑に会社業務を遂行できるよう手当てをしたら、今度は逮捕されている当該社員への個別対応をしなければなりません。特に、経営的観点から先々のことを考えるためには、正確な情報を収集する必要があります。そこで、逮捕された本人への事実確認を試みましょう。

この場合には、本人から直接話を聴き取ることができると最良です。今回のケースでは警察からAさんへ直接連絡が入りましたが、すでに述べたように、一般的にはご家族へ先に連絡が入ることが多いことを踏まえ、以下のような手順で事実確認を進めることをお勧めします。

STEP2-1.本人と面会できるか確認する。

本人と面会できるか否かは、留置先の警察署に電話すると教えてもらえます。

STEP2-2.

■本人と面会できる場合
速やかに会いに行く。
※警察署で面会できる時間帯は限られていますので、事前に警察署へ連絡した上で赴くとよいでしょう。

■本人と面会できない場合
裁判所が接見禁止決定を下している場合などには、弁護人または弁護人とやり取りをしているご家族を通じて情報共有してもらえるように努める。

事例:いよいよ当該社員との面会

Aさんは、その社員が身柄拘束されている警察署を訪ね、本人と面会。残念ながら、盗撮は「朝まで飲んで騒いだ帰りに、魔が差した」結果の事実であること、また対外的には当面「急な体調不良で欠勤」とさせてほしいと希望していることなどを確認しました。また弁護は国選弁護人に依頼することになりました。

川見 Aさん、降って湧いた事態であるにもかかわらず、とてもよい対応をなさっていますね。本人と直接会えるのか否かにかかわらず、以下の点についてはできるだけ早い段階で把握したいところです。

  • 1.本人は、逮捕容疑(被疑事実)を認めているのか否か。
    ※ちなみに、「酒に酔っていたので覚えていない」という弁解は、捜査機関において否認と同様に扱われます。
  • 2.身柄拘束期間がどの程度継続すると見込まれるか。
    ※すでに弁護人が選任されている場合には、意見を尋ねてみるとよいでしょう。
  • 3.出勤できない期間、どのような処遇を希望するのか(有給消化、欠勤扱いなど)。
  • 4.ある程度の期間にわたって出勤できない点について、会社の同僚や仕事の関係者にはどのように説明することを希望するのか。
    ※本人の名誉にも関わることですので、安易に逮捕容疑や逮捕されている事実を口外しないように留意しましょう。
  • 5.まだ弁護人が選任されていない際は、会社側で手配するかどうか。

特に、本人が逮捕容疑を認めているか否かは、その後の司法手続きだけでなく、会社側の対応を判断する上でも重要になってきます。例えば、本人が逮捕容疑を認めて反省を示している場合には、長期間にわたる身柄拘束を回避できる可能性も出てきますので、社内業務の役割分担などを考える際の重要な情報となります。

弁護人が選任されていない場合に、会社で弁護人を手配することも吝かでないと考えるのであれば、顧問弁護士に相談してみましょう。顧問弁護士が弁護人になってくれるならば、機動力が高く、親身になってくれる点で有益です。

ただし、弁護を依頼する場合、自己責任ともいうべき事件について会社がお金を払うことを是とできるのか、また、事後的に当該事件に基づく処分などがなされることになり、会社とこの社員の間で利害対立が生じた場合にはどうするのか、といった問題が生じるおそれがありますので、これらの点には注意が必要です。

 

Step3|周囲への説明は、本人の希望と社会的影響を考慮する

事例:もしも示談不成立で、起訴されたら。

逮捕された社員はこの後身柄拘束を解かれましたが、被害者との示談が成立せず、起訴されることに。法廷でその罪が裁かれることになりました。Aさんはこうした見通しを把握した上で、考えます。「会社側としては、何から始めるべきなのか…」。

川見 前提となる情報を把握することができましたので、無用な動揺を招かないためにも再び社内対応が必要になります。具体的な手順を想定しながらアドバイスさせて頂きますね。

STEP3-1.当該社員が保釈されたのであれば、その社員を出勤させるべきか否か判断する。
STEP3-2.当該社員に自宅待機命令を下すなどその社員が不在となる状況が継続するならば、不在中の業務の割振りを検討する。
STEP3-3.社内外を問わず、必要に応じて当該社員が不在となることを説明する。

STEP3-1.「当該社員が保釈されたら出勤させるべきか」

こちらはStep4で詳しく述べていきます。

STEP3-2.「当該社員不在中の業務分担」

すでに述べた通り社員の急な病欠や退職に直面した場合の対応と似ていますので殊更に焦る必要もありません。適材適所となるように業務の割振りをしていきましょう。業務量の増大や意に反する担当替えなどを強いられる社員もいるでしょうから、頑張ってフォローしてくれている社員の士気が下がらないように留意する必要もあります。

STEP3-3.「当該社員不在理由の説明方法」

難しい問題です。関係者に対して当該社員の不在(欠勤)理由をどのように説明すべきかという点については、ケースバイケースといわざるを得ません。同じように逮捕されてしまったという場合でも、例えば、「酒に酔ってケンカしてしまい、互いに大した怪我もしていない」というようなケースですと、(もちろん暴力行為は許されるものではありませんが)周囲も比較的寛容に済ませやすい傾向にあるのではないでしょうか。一方で、逮捕容疑が性的な犯罪ですと、軽蔑や好奇の目にさらされ、結果として逮捕された社員の社会的評価に非常に悪い影響を与えます。

そのため、痴漢や盗撮といった性的な犯罪で逮捕された社員のほとんどは、「急な体調不良」などのように、逮捕容疑を伏せて別の理由で自分が不在になることを説明してほしいと求めてきます。勤務時間外の行いで逮捕された場合は個人の問題であること、逮捕された社員の名誉や社会的評価に関わる問題であることに照らして考えると、社内外を問わず(事実を正確に把握しておくべき経営陣などを除き)、本人の希望に沿って説明しておく方が無難です。

判断の難しいところですが、本人から逆恨みされることのないように気を付けることも必要です。ただし、すでにテレビや新聞などで、逮捕された事実と氏名が報道されてしまった場合などには、この限りではありません。むやみに隠ぺいしたなどと批判されないよう公知の事実については報道内容に即して情報を開示していくとよいでしょう。

今回は逮捕事実が報道されることはなかったので(Aさんは念のためネットなどで確認しました)、本人による欠勤理由の説明を皆に告げ、彼の抜けた状態をカバーする担当割りを再構成。昨日まで元気だった同僚の急な長期欠勤をいぶかるメンバーもいましたが、Aさんは「自分も詳しくは知らないが、本人側からそう聞いている」との回答で通すことにしました。ひとまず、業務面での対応は着地させたかたちです。

 

Step4|当該社員に対する処分の要否およびその程度を決定する

事例:社員が逮捕された後の対応

しかしAさんの悩みはまだ終わりません。逮捕された社員が被害者に謝罪し、裁判所の判決に従って罪を償うのは当然です。でも同時に、彼はAさんが期待を寄せて育ててきたひとりでもありました。会社としてその処遇をどうすべきか、という決断を迫られることになりました。

川見 確かに、親分肌で情に厚い上司ほど、ここは悩まれる場面でしょう。弁護士としては、そうした部分でのアドバイスをすることは難しいのですが、具体的な判断材料となる要素をお伝えしたいと思います。

大前提となる理屈として押さえておいてほしいのですが、社員に対する懲戒処分とは、企業秩序に違反した社員の行為に対する制裁(罰)ですから、懲戒処分の対象となる行為は、企業秩序を乱す行為に限られます。

よって、会社施設外でかつ就業時間外に行われた犯罪行為は当然に企業秩序を乱すものとはいえず、原則として懲戒処分の対象とはなりません。しかし、その行為により会社の社会的名誉・信用が害される場合などには、例外的に企業秩序違反として懲戒処分の対象となり得ます。

そこで、まず確認してほしいのは、自社の定めた就業規則です。就業規則とは会社内の規律を定めたものですから、今回のような会社外での犯罪行為が懲戒事由と定められているならば、就業規則に基づいて懲戒処分を下すことができます。

(1) 就業規則の内容を確認する。
(2) 釈放されたらどうするかを検討する。働かせるのか、自宅待機を命じるのか。
(3) 起訴されたらどうするかを検討する。社内に起訴休職という制度があるか。弁護人から「情状酌量を求めるため」という理由で身元引受(雇用継続)を約する書面の作成を求められたらどうするのか。
(4) 懲戒処分(減給、出勤停止、懲戒解雇など)を下すのか検討する。
(5) 懲戒処分の内容・程度を検討する。

川見 懲戒処分の決定は、刑事処分の確定を待つ必要はありません。懲戒処分は企業秩序を乱したことに対する制裁であるのに対し、刑事処分は国家から受ける刑事罰であって、その性質が異なっているからです。ただし、本人が起訴された事実関係を争っている場合には、慎重な対応をすることが望ましいでしょう。

「何人も有罪と宣告されるまでは無罪と推定される」という、推定無罪の原則に基づいた判断が大切です。例えば、会社が懲戒解雇を決めた後に、裁判で無罪となる可能性もゼロではありません。すると今度は逆に、会社が不当解雇で訴えられてしまうことも考えられます。

 

教訓|社員の教育やモラル維持に努めるとともに、抑止力ある予防策を講じましょう

事例:社員が逮捕された後の対応(その2)

Aさんの会社の就業規則には、犯罪行為をした社員を懲戒処分できる旨の定めがありました。ただ、具体的に減給、出勤停止、懲戒解雇などを決める基準は明記されていません。Aさんは悩んだ末に、逮捕された社員に更生のチャンスを与えたいと考え、ほかの経営陣とも協議して、大幅な減給と降格処分を下した上で、今回に限って復帰させることを決めました。

川見 とても難しい決断だったと思います。会社経営の立場から言えば、復帰させるとしても、メディアに事件を報道されるリスクがないか、復帰させるその社員を取り巻く環境整備が可能なのかといったことを検討する必要があります。

復帰させたにもかかわらずその社員が再び同じような罪を犯してしまうことのないよう、十分な指導監督が求められるでしょう。クライアント、社内、そして、本人。思いをめぐらせるべき関係者は、たくさん存在するのです。

例えば、当該社員が大手企業に勤務していれば、社名とあわせて報道されてしまうことが多いですし、マスコミ業などに従事していると、「あの人気番組のスタッフが盗撮」などとスキャンダラスに報じられる可能性もあります。

また、社内で犯罪行為の内容が周知の事実となった場合には、盗撮という行為に恐怖や嫌悪を覚える社員がいることも当然考えられるでしょう。復帰後の再配置部署など、その社員が社内でどのように再出発できるかを慎重に考えることも重要です。

さらに、一部の性犯罪や窃盗などは、残念ながら常習的なものであることが多々あります。いわば「病気」とも言える状態にあるのですが、社会的には「犯罪は犯罪。病気だから仕方ないなんて考えられない」と受け止められることが多いでしょうね。再犯のリスクは否定できませんので、復帰させるのであれば、治療が必要かつ可能なケースなのかを本人と一緒に考えながら、本人やご家族と話し合うことも大切です。

しかし、何と言っても、「社員が逮捕された」などという事態に陥らないことが最重要です。そのためには、先ほどお話しした就業規則の定めを周知することを筆頭に、日頃から犯罪行為に対する会社の厳しい姿勢を明示するなどして社員教育を行いましょう。その際には、具体的な他社事例などを挙げて注意喚起を徹底することもお忘れなく。社員のモラルの維持・向上を図るということが肝要です。

また、社員が犯罪行為におよぶことのないよう抑止力を高める措置を講じることも有効だと考えます。そうした観点から、入社時に「誓約書」や「身元保証書」を作成・提出してもらうということも考えられますね。

読者の皆さんも自社の就業規則の内容をあらためてご確認いただき、さらに、どのような予防策を講じるとよいかそれぞれにご検討いただくとよいでしょう。

その後の裁判で、この社員は執行猶予付きで有罪が確定。会社には復帰できましたが、最終的に実家のある地域に引越して再出発することを選んだと言います。Aさんは今も「できるだけのことはしたつもりですが、あのときの自分の判断が、全ての人にとってベストだったのかどうかはわからない」と振り返ります。

川見 犯罪行為自体は許されることではなく、また被害者やそのご家族が受けた心身の苦痛はいかばかりかと想像します。一方でこの社員の方にまだまだ続く人生があることも事実です。この出来事に関わられた全ての方々が、新たな未来へと進めることを願っています。

*この記事での事例は実際の弁護事例などを参考に構成されたものですが、実在の団体や人物などとは関係ありません。

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このコンテンツは株式会社ロースターが制作し、ビズテラスマガジンに掲載していたものです。

 

文:内田伸一/写真:norico

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