【教えて顧問弁護士さん vol.3】社員からパワハラで訴えられたら?

「まさかうちの会社でこんなことが…」。会社を経営していると、さまざまなトラブルが起こり得ます。ウソのようなホントの話、あなたが経営者だったらどうしますか? 今回の相談は、パワーハラスメント(パワハラ)をめぐる裁判沙汰です。近年ではTVドラマの題材にもなるほどの社会問題となっているパワハラについて、経営者が知っておくべきトラブル対応方法とは。弁護士法人AT法律事務所の川見唯史弁護士に、具体的なステップを追いながらレクチャーしていただきました。

川見 唯史(かわみ ただし)弁護士法人AT法律事務所代表弁護士。早稲田大学法学部卒業後、物流企業の営業部、メーカ人事部などでの勤務を経て立教大学法科大学院修了。平成26年弁護士登録。民事全般および刑事も取り扱う。関係者全員が納得できる円満な未来を模索する弁護士活動を信条とする。
https://at-lawoffice.com/

【今回のストーリー】

以前、非正規雇用で働いていた元従業員が「上司たちからパワハラを受けた」と訴えてきました。当事者だけでなく会社も相手取った訴訟です。我が社としてはどう対処をすればいいでしょう !? (法務担当者/大手製薬業)

◆ここがポイント
Step1|ハラスメントをめぐる会社の「使用者責任」を知る
Step2|双方の言い分や周囲の証言をもとに、実情を把握する
Step3|裁判での係争に対応する

 

目次

Step1|ハラスメントをめぐる会社の「使用者責任」を知る

事例:上司のパワハラをめぐり、当事者に加え会社も訴えられた

元従業員(契約社員)のAさんが、勤務当時の同僚Bさんと上席Cさんからパワハラを受けたとして、両名に損害賠償を請求する裁判を起こしました。さらにAさんは、これに絡んで自分の契約更新がなされなかったとして、会社にも賠償を求めてきました。どうすればいい?

川見 近年、ハラスメント関連のトラブル相談が後を絶ちません。働く現場で最も問題になるハラスメントは2つ。1つは、セクシャルハラスメント(セクハラ)。もう1つが、職場での優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与えたり、働く環境を悪化させたりするパワーハラスメント(パワハラ)です。

政府は先日(2019年3月)、パワハラを防ぐ措置を企業に義務づける法案を閣議決定しました。国会で法案が成立すれば、企業はこれに対応する必要が出てきそうです。それほどまでに、パワハラ対策は企業側にとって重要な課題であるといえます。

※改正労働施策総合推進法(いわゆる「パワハラ防止法」)は、20206月より大企業を対象として施行されており、中小企業についても2022年から施行されることになっています【2020630日更新】。

ハラスメント事案では、大きくわけて以下の2パターンによる争いが想定されます。

  • (1) 被害申告者が加害者のみを相手取って争う場合
    1つは、被害申告者が、「会社に知られたくはない」との考えの下、加害者のみを相手取って、秘密裏に慰謝料請求や同じ職場から去ることを求めるなどの場合です。今回の事例とは異なるので、ここでは詳細な説明は割愛します。
  • (2) 被害申告者が加害者に加えて法人も相手取って争う場合
    もう1つは、「安全配慮義務違反」や「使用者責任」を根拠として会社も巻き込んで請求する場合です。このうち、「使用者責任」とは、簡単に言えば、「事業のために人を使用する場合には、使用者側も、その人が誰かに損害を加えた際の責任を負う」という考え方です。加害者個人に加えて会社の責任も追及することで、資力のある会社から損害賠償を得られるように考えることは極めて一般的といえるでしょう。

なお、被害申告者が非正規雇用などで立場が弱い場合、会社側が雇止めなどで厄介払いをしてしまうケースも散見されます。しかし、この場合には、さらに「雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認請求」や「(外形的には雇止めをされたという時点以降の)賃金相当額の請求」などまでセットにして訴えられることがあります。お話を伺う限り、今回のAさんの訴えは、まさにこのケースに該当するようですね。

 

Step2|双方の言い分や周囲の証言をもとに、実情を把握する

川見 こうした問題で重要なのは、ハラスメント被害を受けたと主張する側と、ハラスメントの加害者とされる側の言い分の食い違いも含め、実態を的確に把握することです。今回の事例について、双方の詳しい主張を見てみましょう。

Aさんの言い分:

入社後からBさん、Cさん両名による苛烈な物言いを受け、業務についての質問にも答えてもらえないなどの仕打ちに悩む日々。仕事をうまく進められず残業が増え、さらに仕事を増やされて追い込まれ、やがて精神的に病んでしまいました。ほかの部署の上長などに相談したものの、転職を勧められるばかりで、会社として誠意ある対応は見受けられませんでした。最後は、会社から、契約期間を更新しない「雇止め」を通告されました。被害を申告する側が厄介払いされるということが許されてよいのでしょうか。

Bさん、Cさんの言い分:

Aさんは募集要項の条件を満たさないまま、一部を偽って入社してきました。結果として、Aさんは期待していたより実務能力が低く、Aさんがこなせる仕事量は限定的なものでした。そのせいで、周囲の人間は自分の仕事が増えたり、あるいは、Aさんにお願いしていた仕事が滞って社内外の関係者から叱られるといったことが続きました。そういう経緯で、周囲の人間はAさんに対する不満や不信感を抱くようになったのです。だからといってパワハラは許されないと理解しています。私たちは、指導・助言の範囲内でAさんに接していただけで、Aさんが主張するほどひどいことをした事実はありません。

川見 Aさんの言い分のみを聞くと、Aさんは完全に被害者ですが、BさんとCさんの主張を聞くと、また状況が違って見えてきます。双方の主張が食い違っているようです。会社としては、どのような事実認定をしたのでしょうか。

会社側の事実認定:

Aさんは雇止めの処分を受けた後、同社内のハラスメント防止委員会に被害を訴え出ました(最近、特に大手企業にはこうした委員会が設置されています)。そして委員会の調査による結論は、次のようなものでした。
「Cさんからは確かにパワハラに該当する言動があったことが認められる。しかし、Bさんについては、そのような言動があったとは認められない」。

 

Step3|裁判での係争に対応する-企業としての最善策を決断する

Aさんはこの結果に納得できませんでした。そこで、ハラスメントを証明する録音は無かったけれども、以下の各請求を立てて、裁判で争うことを決断しました。

Aさんの裁判での訴え内容:

Bさん、Cさん両名に対しては、パワハラ(不法行為)に基づく損害賠償請求。これに加え、会社に対して、①使用者責任などに基づく損害賠償請求、②雇止めの無効を前提に雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認請求、③上記②を前提に雇用契約上の権利を有するにもかかわらず働けなかった期間中の賃金相当額の支払い、④会社から不当な雇止め処分を受けたことに基づく精神的損害の賠償請求。

川見 この裁判の難しさは、Aさんの主張を裏付ける客観的・決定的な証拠がないという点にありますね。実際に精神的苦痛を与える発言などが録音されていれば話は別ですが、今回は、そうした客観的な証拠がないようです。前回の未払残業の件でもお話した通り、裁判では、原告側が主張・立証責任を負うということが大原則となります。会社は、ハラスメント防止委員会の内部調査結果でCさんのパワハラについては認定したようですが、裁判の場ではBさん,Cさんいずれのパワハラについても否定したのでしょうか?

Aさんは、会社に勤続していた当時に日々作成していたという日記を証拠として提出していました。そこにはBさんCさんによる日々の発言や、それに対する自分の思いが綴られていました。一方の会社側では、Cさんによるハラスメントを認定したことは認めつつ、それが、法律上「違法」と評価されるほどのものであったかという点では争う姿勢を取りました。

川見 なるほど。道義的によろしくなかったことは認めつつも、法律的に問題であるとまでは認めていないという前提ですね。会社もAさんと真っ向から対立する構図となったわけで、技巧的ではありますが、理屈としてはあり得る主張です。

この場合には、Aさんがどこまでパワハラの事実を立証できるかという問題になります。
日記は、主観が入り込みますので録音のような客観的証拠に比べると、証明力は劣るといえるでしょう。とはいえ、日記であっても、記載の仕方が後から補充や追記をする余地がないとか、内容が非常に具体的で、かつ当時の業務内容と一致しているとか、そういった観点から十分に信用性を認められることもあります。ほかにも、当時の同僚などから話を聞くなどの方法による立証が考えられるでしょうね。また、前回の未払残業の件で述べたような勤怠管理がされていた場合、毎日遅くまで残っていたとすれば過大な業務を課していたとして、パワハラが推認されることもあるでしょう。

少し話が逸れますが、最近は録音機器も多様化しています。秘密裏の録音データであっても、原則としてその証拠能力は否定されません。厳しい言動の録音データが証拠として提出されてしまえば、それが決定的な証拠になります。

さて、この裁判ではどうなったのでしょう。

裁判の結果:

この裁判では、最終的に判決が下されることを回避し、会社側はAさんに対して全ての紛争を解決するための「解決金」として、300万円を支払うことになりました。なお、AさんのBさんに対する訴えは棄却されましたが、AさんのCさんに対する訴えは、15万円の限度で賠償するよう命じる判決が下されました。

川見 この会社が決して小さな額ではない「解決金」を支払うことを選んだ背景には、企業の「これから」も見据えた判断があったと思われます。

この事例では、Aさんは裁判を起こした時点で(少なくとも会社側の見方としては)雇用契約が終了していることになります。会社としては、すでに新たな体制のために予算組や人員配置をし、業務を回しているわけです。そんなときに、雇止めが無効だから再びAさんを迎え入れるとなると、その前提となる判決があったことも含め、社内では大きな混乱を招くでしょう。

「解決金」という名目であれば、結局のところ、パワハラがあったのか否かはグレーなままで会社は紛争を収めたことになります。判決によりCさんによるパワハラは認定された訳ですが、和解によってAさんが会社へのそれ以上の責任追及をしないことを約束しているに等しいので、個別的に見れば会社が明示的に非を認めたということにはならないと評価できます。

ですから、会社としては、「もはやAさんには戻ってこられても困る」という正直な気持ちを前提に、譲歩をしたのだと思います。そしてAさんも最終的にこれを受け入れたのであれば、会社に戻ること自体が最優先の目的だった訳ではないのだろうと推察されます。この件でAさんが雇止めの無効を訴えた主たる目的は、実際に会社に復帰したいということではなく、「パワハラがあったと認められるのか否か司法の場で決着を付けること」、「立場の弱い自分を厄介払いした会社の対応の是非を問うこと」にあったのではないでしょうか。また、雇止めとなっている期間中の生計を立てるためにAさんが転職している場合などは、会社に戻れと言われても現実的には難しいということも大いにあり得ます。

会社がハラスメント防止委員会でCさんのパワハラを認定していたことも、会社にとっては不利な材料といえます。前回の未払残業の件でも話した通り、労働訴訟においては、裁判官も「経済的に弱い労働者vs経済的に強い法人」という構図で見てしまうことが多いです。そうしたことを総合的に判断すると、和解で解決したということは有意義だったと思います。

 

教訓|ハラスメント問題は、常に時代にあわせた意識改革とリスク認知を

その後の顛末:

さて、裁判はこうして収束したわけですが、問題はこれで終わりません。原告のAさんは和解後も腹の虫がおさまらなかったのか、何度も「記者会見を開く」と主張しました(最終的には思いとどまってもらえましたが)。また、ネット上では誰とも知れない人々から「この会社はブラック企業だ」という書き込みをされてしまいました。

川見 うーん。これはきっと、守秘義務条項(紛争の経緯や和解の内容を、正当な理由なく第三者に口外しないことを相互に約束するもの)を入れようとすると和解が成立しない流れだったのかなと推察します。ただ、やはりこうしたトラブルがあり得ますので、守秘義務条項を盛り込んでおかなければなりませんね。これがもし中小企業だったなら、会社の悪評が経営に与えるレピュテーションリスクは甚大だったと思います。

今や、空前の売り手市場ですから、人材不足の中で有能な人材に逃げられるような評判が立ってしまうことは絶対に避けなければなりません。

「労務紛争あるある」として言えることは、「紛争が起きてしまえば会社が痛む」ということです。前回の未払残業の件では、会社自身が直接の当事者でしたから、会社が痛んでも仕方ないでしょう。逆に言えば、自らが当事者である分だけ、是正をすることもまた決して難しくはありません。

しかし、ハラスメントに関する紛争は、一次的には「個人vs個人」の話に会社が巻き込まれる形で責任を負わなければならないという点で、未払残業とは異なる難しさがあります。

それでも、会社が痛むことになるという結果に変わりはありません。だからこそ、経営者の意識改革はもちろんのこと、従業員教育によるハラスメント予防も徹底しなければなりません。

ハラスメントに当たるか否かは、受け手の評価に委ねられます。「ハラスメントには当たらないだろう」ではなく、「ハラスメントに当たるかもしれない」という意識を持つことが、トラブル回避の根本的な対策になります。ハラスメント予防策として、社員向け研修を取り入れる企業も増えています。

また、その他のハラスメント予防策としては、冒頭で紹介した法案が示すような、社内相談窓口の設置や、パワハラ行為の処分内容を就業規則に明記することなども挙げられます。

さらに、事柄の性質上どうしても厳しく指導・助言をしなければならないというような場合には、1対1でなく、必ず複数人態勢で対象となる従業員に対応することや、指導・助言を目的としたやり取りの様子を録音することを明言した上で指導内容を録音するといった状況を作ることも効果的です。

こうした改革は、企業トップや経営陣も例外ではありません。ワンマン社長が皆に良かれと思ってやっていることが、世間的にはもはや非常識であるというケースも往々にしてあり得ます。仮に、御社の上層部に君臨される方がトラブルのもとになりかねないことをしていたら、すぐに顧問弁護士へ相談して改善を検討することをお勧めします。

*この記事での事例は実際の弁護事例などを参考に構成されたものですが、実在の団体や人物などとは関係ありません。

▼Vol.1の記事を見る

▼Vol.2の記事を見る

このコンテンツは株式会社ロースターが制作し、ビズテラスマガジンに掲載していたものです。

 

企画:大崎安芸路(ロースター)/文:内田伸一/写真:栗原大輔(ロースター)

この記事が気に入ったら
フォローしてね!

目次